go_go_my_lifeのブログ

59歳になる親父がEnd of Lifeを迎える前に、これまでに過ごした人生の振返り、学んだことを記載しております。

海のはじまりを見て思うこと

2001年2月、妻の体に3人目が宿った。

ただ翌月、お腹の中で亡くなっていた。

着床したものの翌月の検診で亡くなっていました。

当時35歳、長男、次男の後に、3人目がと

思ったけど、そうはならなかった。

当時、子宮からその子を取り出す手術が

午前中に行われて、手術後に私は少しだけ

寄り添っただけで、そのままアメリカ出張に

行ってしまった。

この時の後悔を思い出すと共に

改めて三男が生まれて来たことに感謝して

います。

2023年夏、三男とじっくり話す機会があり

名前の由来やこのことを話せました。

妻へお詫びすると共に、三男の誕生に

感謝!

北海道旅行記

2024年6月、会社の社員旅行で北海道に来ました。

20240613 社員旅行 北海道2班230名強

1日目 

セントレアから新千歳からの北の漁場
夜はフリー、ジンギスカンからの偶然見つけた

バーみずなら、若いお店ですが、

会話しているうちに、余市ウイスキーを学べました!

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2日目 何の予定もなかったのに、

昨夜のバーでの会話から、自然と足は余市に向かった。
これも昨夜の出会いの一つ、

夜は報告がてらまたバーに

他にも楽しむことはあるのだろうけど、これもまた楽しかった。

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3日目 時計台を散策、白い恋人本店など回って

最後に、新千歳空港のバーで飲んだ帰って来ました!

楽しい3日間でした!

 

 

心掛けること①

思考に気をつけなさい それはいつか言葉になるから

言葉に気をつけなさい それはいつか行動になるから

行動に気をつけなさい それはいつか習慣になるから

習慣に気をつけなさい それはいつか性格になるから

性格に気をつけなさい それはいつか運命になるから 

マザーテレサ

 

これまでの人生を振り返り、そうか!と思った言葉です。

これの言葉を知ったのは8年前、もっと早く知りたかった。

 

そしてサッカーで教える時に、この言葉を8歳児達に伝えた。

 

チームメイトがサッカーで失敗したとき、

「ちぃ!」「何やっているんだよ」と思考し、言葉に出すと、

ふてくされていき、地面を蹴ったり、人に文句を言うようになり、

そしていつか

「あいつ、上手いけど、すぐ文句言うから一緒にサッカーしない」

とならない?

 

子供達は、「なる!」

 

では、どうする? 

自分が失敗した時、どんな気持ち?

失敗してごめんという気持ち

でも一生懸命、得点したくて、シュートしたよね?

うん、でも外れた。

じゃあ、どうしようか?

次はゴールを奪えるように、やってみる

そうだね、それで行こう。

 

ということは?

チームメイトが失敗した時は、どうする?

「ドンマイ! 次!」と言うことにする。

悔しいのは失敗した本人だからね。

 

子供達にはこれ以上詳しくは伝えないが、

何かを学んでくれればそれで良いし

自分自身この言葉を大事にして、思考して行かなければならないと

思った次第です。

 

読んでいただきありがとうございました。

 

今後のブログネタ

20240620

 

なかなかまとまった時間なく(言い訳)、今後、ブログに何を書くか

手書きメモをまとめてみました。

少しづつ実践していきます。

 

【旅行】

・2022年からの長良川会(前職の会社幹部の来岐阜旅行記

・2023年夏、妻との岐阜県旅行記

 

【人材】

・新入社員向け心構え

 

【読書】

・ストレングスファインダー 5つの上位事項のまとめ

キリンビール高知支店

・続ける思考

言語化の魔力

・読んだら忘れない読書術

・ザ・ファシリテーター

 

【日々のこと】

・現在の時の流れ~考え方

 

などを考えております。

感謝⑧ 妻へ、会社へ(1990年代編)

23歳で出会い、26歳で結婚をした。

27歳には長男が生まれている。

 

毎日飲みに行く、食卓におかずが少ないと怒られる、お金はない。

気が短く、すぐ怒っていた。

これまで育ってきた環境で自分で選んだこの性格が

そのまま表に出ていた。

 

生活苦を理由に転勤を申し出たが、当時の部長が内緒で断ったが、

後から説明してくれた。

翌年、また転勤希望を出して、大阪に転勤した。

内示は1995年2月14日、そう阪神大震災から1ヶ月

数日後慌てて家探しのために大阪に向かった。

京都から新大阪に向かう車窓には、屋根にブルーシートが被っている。

幼稚園から小学生にかけて、1971年頃から6年間程

大阪府箕面市に住んでいたので、

転勤の際は、箕面市の近くに住もうと思っていた。

しかし震災の後の関西地方は空きマンションがない。

高槻市池田市と見て回り、駅からバス10分、家賃15万円、

しかも入居希望が多いので抽選に当たればという

条件付きで応募し、そのマンションに住むことが出来た。

 

大阪勤務時代、商社としても存在価値のない仕事が多く、

部が赤字だから支店長から怒られる部長、課長。

毎月部で1千万円の赤字だった記憶がある。

そんな状況ならと辞表を提出、

誘われていた2社から1社を選択して行こうと思っていた。

簡単に辞めれると思ったら前任の部長が専務になっており、

東京から大阪へ飛んできて、「ちょっといいか」と

話し合いの場が持たれた。

今、思えば、とてもありがたく、

逆に私は若く(30歳強)早まっていたのだろう。

そんな時、東京から別の部署の課長が来て、飲みに誘われて、

いろんなことを話し込んだ。

翌年の2月、東京の電子製品の課に転勤になった。

後日談、あれはスカウティングだったとのこと

こんな私と見込んで結婚してくれた妻へ、会社へ

感謝する日々である。

 

 

読書サマリー⑥ 道は開ける D・カーネギー

本書はあらゆる人間に共通する悩みの実態とそれの克服法を述べた本

=数々の悩みの実例とそれを克服する具体的な方法が書いてあります。

商社勤務時代の1999年に、社会人人生で悩みに悩んでいた頃、

この本を読んで解決できて、心がスッキリして、今日も頑張ろうと

いう気持ちになり、とても大事なことを教えてもらった本になります。

 

◆第1部 悩みについて知らねばならぬ基本的事実

①もし悩みと縁を切りたいならば、「今日1日の区切りで生きる」こと。

 過去や未来のことを機に悩まない。

 就寝時までひたすら今日1日のために生きよう。

②苦境に陥り、行き詰ったときは次の公式を試してみよう。

 a 「問題が解決できない時に起こりうる最悪の事態は何か?

 b やむを得ない場合には最悪の事態を受け入れる心構えをする

 c それから落ち着いて最悪の事態を好転させるように対処する

③悩みが健康という名の法外な代償を払っていることを肝に

 銘ずること

 「悩みに対する戦略を知らないものは若死にする」

まだ若く、仕事で失敗したこと、来週の会議資料ができていない

過去や将来に不安を感じていたが、今日一日を精一杯生きることを

教えてもらいました。

そして最悪の事態を想定して、解決策を決めておけば、心が落ち着き

やるべきことをしっかりと進めることが出来ました。

 

◆第2部 悩みを分析する基礎技術

①事実の把握、「この世の悩みの大半は、判断の根拠となる知識が

 充分でないのにあえて判断を下そうとすることから生じる。

②すべての事実を慎重に比較検討してから決断せよ

③慎重に件継談を下したら、行動に移すこと。

 決断に基づいてひたすら行動しよう-

 そして結果についての心配は一切無用だ。

③何かの問題で悩みそうな場合には、次の問いと答えを

 書き出してみること

 a 問題点はなにか?

 b 問題の原因はなにか?

 c いく通りの解決策があって、それらはどんなものか?

 d 望ましい解決策はどれか?

 

仕事で悩んだとき、「問題点は何か?」と紙に書き出し、

その後の質問に回答をしていくだけで、問題解決が図られ、

とても気が楽になりました。

 

◆第3部 悩みの週刊を早期に断とう

①多忙な毎日によって悩みを追い出そう

 活発に飛び回ること、「クヨクヨ病」に対する最良の治療である。

②ささいなことで大騒ぎしないこと。

③平均値の法則を利用して悩みを解消しよう。

④避けられない運命には調子を合わせよう。

 あなたの力ではもはや事態を変えられないと悟ったら

 「かくのごとし、かくあらざるをえず」と

 自分に言い聞かせること。

⑤悩みに対して、「ストップ・ロス・オーダー」という歯止めを

 用いよう。

 1つの問題に対して、どの程度まで気に掛けるべきかを決めて

 その限度を超えたら忘れてしまうこと。

⑥過去は墓場へと葬ろう。オカクズを挽こうとするな。

日々、いろんなことを考え、うじうじ考えていましたが、

「念を繋がない」という言葉を大事に、ゼロヒャク思考ではなく、

 抱えていくことを学びました。

 

随分前に読んだ本ですが、その後の2010年、そして2023年に

後輩や息子に贈れる素晴らしい本でした!

25年後に再度ざっくりですが、読み返し、あの時を思い出し、

回想できて懐かしいこと、そして改めて記憶にとどめ、

これからの人生で悩んだらこの解決策を試し、

より幸せに生きていこうと思った今日この頃です。

想い出させてくれて、ありがとうございます。

感謝!

 

架け橋に気がつく

ジャックラッセルテリアナデシコ

いなくなって気がつく事

 

彼女は16年間、親と子供達との架け橋だった。

彼女がいると、家のすべての部屋のドアが
開いていた。
長男が13歳から29歳まで
次男が7歳から23歳まで
三男が4歳から20歳まで

ナデシコがいなくなった家に帰宅すると
いつものくせで名前を呼ぶが
いつものようにお迎えはない。
亡くなる前の数ヶ月は、耳も遠く
体力も無く、お迎えはなかったが
いつもリビングで横になっていて
帰ると顔を見て
首を上げて、ん?という顔をして
ふん!と鼻をならしていた。

 

我が家では彼女がいろんな時間にリビングや
子供達の部屋に行くので、
子供達の部屋のドアはいつも開いていた。

ナデシコがいなくなって、初めて
あの数センチの隙間は、閉めれない隙間だった
と思う。
彼らは反抗期、思春期などは閉めたかっただろう。
でもナデシコが子供達の生存確認に
いろんな時間に部屋に行くので
いつも部屋のドアは開いていた。

私達に取っては、それが子供達をいつも
確認できた隙間だったと気が付いた。
部屋のドアは開いているのが、我が家にとっては
当たり前のように思えたが、
普通は閉まっているものなのかもしれない。
子供達の部屋のドアの隙間から
覗く事はしないが、
電気をつけて寝てたり、笑っていたり
勉強していたり、ゲームをしていたりしたが
あの隙間から、子供達に声をかけることが
出来た。

彼女がいることで、この数センチの隙間が
親と子供の架け橋だったと思う。

ありがとうね。

また来週、いつもお参りしている長良天神さんに
お礼を言ってきます。

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